しゃちほことその役割:火災予防から装飾まで

雑学

 

この記事では、日本の城や寺院の屋根を飾る伝統的な装飾品「しゃちほこ」について掘り下げます。しゃちほこは、架空の生物「鯱」を模した造形で、その起源、役割、そして象徴的な意味に迫ります。

特に、名古屋城に見られる金鯱の美しさと、それが持つ歴史的重要性に焦点を当てています。

しゃちほことその役割:火災予防から装飾まで

しゃちほことは

「しゃちほこ」とは、日本の古い建築物の屋根に見られる伝統的な飾り物です。この装飾は、頭が龍や虎で胴体が魚という架空の生き物、鯱を模しており、尾は天を突くように反り返っています。

この特徴的な尾の形状が、名前の由来である「ほこ」、つまり槍に似ているため「しゃちほこ」と呼ばれています。また、しゃちほこは火事から建物を守るとされ、災害時には口から水を吐くという伝説があります。

特に金色に輝くしゃちほこは「金鯱」として知られ、名古屋城の象徴的な存在となっています。

 

しゃちほこの由来と飾る意味

日本の伝統的な木造建築では、火事は常に脅威であったため、多くの寺院や城には火災を防ぐための工夫が施されています。特にしゃちほこは、その一環として用いられた象徴的な存在です。

前述しましたが、しゃちほこには水を吐いて火を消してくれるという言い伝えがあり、それにあやかって火災予防のお守りという意味で飾られるようになったのだそうです。

安土城を築城した織田信長によって初めて使用され、その後、豊臣秀吉も大阪城の飾りとして金のしゃちほこを設置しました。これらの金鯱は、権威の象徴としても機能しました。

しゃちほこは神話上の生き物

しゃちほこには二つの意味が含まれています。「鯱」という語は、神話上の生き物を指す場合と、実在する海の生物、つまりシャチを指す場合がありますが、建築用語としてのしゃちほこは前者を指します。この架空の鯱は、魚の体に虎の頭を持ち、尾は空に向かって伸び、背には鋭いトゲが並ぶ姿で描かれることが多いです。元々は中国の伝説に由来し、波を操り雨を呼ぶ力を持つとされています。

日本においては、織田信長がこの幻獣を安土城の装飾に採用したことから人気を博しました。また、しゃちほこは単に装飾としてではなく、城の避雷針としても機能していたとされ、実用性と装飾性を兼ね備えていたと言えます。

 

日本全国のお城に設置されているしゃちほこ

弘前城【青森県】

東北地方で唯一現存する天守を持つ弘前城は、1810年に再建された後、国の重要文化財として指定されています。

新発田城【新潟県】

新発田城は、三体のしゃちほこを持つ珍しい城で、自衛隊の駐屯地と隣接しています。

名古屋城【愛知県】

1612年に徳川家康の命で設置された金のしゃちほこは名古屋城の象徴ですが、戦後に復元されたものが現在展示されています。

犬山城【愛知県】

1537年に建造された犬山城は、国宝に指定されており、何度か交換されたしゃちほこは現在平成時代のものです。

大阪城【大阪府】

豊臣秀吉が建てた大阪城の天守閣には、金のしゃちほこが復元され、天下人に相応しい装飾とされています。

姫路城【兵庫県】

姫路城のしゃちほこは昭和の大修理時に作成された同じ形の二体です。

広島城【広島県】

毛利輝元が築いた広島城の天守閣に展示されている金鯱は、城の象徴として展示されています。

松山城【愛媛県】

徳川家と縁のある松平家が築城した松山城には、「葵の御紋」が入った瓦とともにしゃちほこが設置されています。

高知城【高知県】

江戸時代以前に建てられ、現存する天守の一つである高知城には、間近で見ることができるしゃちほこが設置されています。

熊本城【熊本県】

2008年に制作されたしゃちほこが設置されていた熊本城の天守閣は、熊本地震で損傷しましたが、現在は修復されています。

 

まとめ

本記事では、しゃちほこの起源からその文化的な役割までを詳しく紹介しました。しゃちほこは、架空の生物である鯱を象徴的に表現し、屋根に設置することで火災予防のお守りとしても機能しています。

金鯱として名高い名古屋城の装飾は、その威厳と美しさで知られ、日本各地の城に見られるこの装飾が如何にして権力や信仰の象徴となったかを探りました。

しゃちほこの存在が日本の建築や文化にどれほど深く根ざしているかを理解することで、その価値を再評価する一助となることでしょう。

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